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弟に対する劣等感が僕に与えた影響

僕は小さい頃から、弟に対して強い劣等感を覚えていました。

九九も、暗算も弟は年が3つ離れていたのに、僕よりも早くできたし、文字を読むようになったのもすごく早かった弟。

小学生の頃は、3年連続で県で優勝。県の代表となり、囲碁の全国大会にも出場していた弟。僕は小学生の頃は、一度も全国に行くことはできませんでした。

中学校の時も僕はバスケをしても万年ベンチ要員、弟は1年生の頃から背も高く、試合に出ていました。

特に小さい頃、親から褒められている弟をみて、弟は自分より恵まれた才能を持っていて、いつも羨ましいなと思っていました。正直嫉妬していたと思います。だって弟は僕より少ない量で何事もうまくこなしていたから。。。

世の中には、向き不向きもあるし、それは時に残酷なほどの差として、目の前に現れることを僕は最も身近にいた、弟という存在を通じて幼いころから知っていました。

だからこそ、才能を目にしたときに、必要以上に凹まないという耐性が早いうちからついていたのだと思います。

同じタイミングで物事を始めたとき、なんでも弟のほうが僕より出来ました。

正直に言えば、僕はそのことに対して、強いコンプレックスがありました。

兄とは常に弟の先を行っていなければならない。

宇宙兄弟の兄、六太の気持ちが僕には痛いほどに分かります。

ただ僕はそこで自分はどうせ才能に恵まれてないんだから、何やってもしょうがない。と投げやりになることはしませんでした。

弟への劣等感から、僕は何事も人よりできないところから常に始まると思うようになりました。

幸か不幸かその劣等感のおかげで、人一倍どうやったうまくやれるのか、またその分野が自分に向いているのかを考え、比較的向いている場所において、目標を立て、努力することを覚えました。

弟をみていつも思っていたのは、僕が弟の才能を持っていたら、もっとやれるのになということでした。

基本的に僕には何事にも大した才能はない。それは明らかだ。だから常に工夫を凝らし、明確に目標を定め、向いている分野で全力で努力をする必要があると中学生くらいのときには、明確に意識していました。

今もそうです。その考え方は変わりません。幼い頃に感じた劣等感は強烈で、その劣等感が今も自分の中には残っています。

僕は目に見えて、何でも最初からうまくこなす人が羨ましいです。僕は何でもは出来ません。苦手なことの方が多く、正直いって工夫なき努力をしてもめっきりうまくいく気がしません。

ただ何も才能がないからこそ、人一倍考えるようになり、目標を立て、それに向けて地道にやり遂げる力は育ったところがあると感じています。

僕に弟のような恵まれた資質があれば、僕は今ほど努力したり、物事を考えることをしなかったと思います。

塞翁が馬なのかもしれない、と前向きに今はそのコンプレックスを捉えるようにしています。